曖昧ともこもこの中間

思考のjunction

近況報告

FFしかやってねぇ

エオルゼア〜〜〜〜〜

    たのし〜〜〜〜

   FINAL FANT 

                  ASY

 

って感じです

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(これは私と相棒の...相棒というか...よくわかんない生き物です 左が私です)

余暇時間を全部FFにぶち込んだ結果絵の練習はおろかブログの更新も滞ってしまった

(関係ないんですが滞るって贅沢な振り仮名の使い方してませんか?)

 

や〜〜〜当初はキャラメイクだけして満足するつもりだったんですが

あれよあれよとメインストーリークリアして拡張パッケージまで始めてます

というのもゲーム自体の面白さもさることながらグループポーズっていうあの...

集合写真をみんなで撮るやつ...をするためにみんなで攻略したり...チャットしたり... 

私は元来顔の見えないコミュニケーションが苦手で、ゲーム音痴なこともあったので

長く続くか危惧してたんですが思ってた以上に「知らない人にも親切な人」が多くて

そういう方たちのおかげで楽しく遊ばせてもらってます

本当にありがとうございます ありがとうございマッスルです (どうして?)

知らない人と話すのは苦手だけどやっぱり知らない人と話すのは楽しい

なんていうか...人間が好き(?)  そんなことを実感しますね

人という字は人と人が支え合って...るように見えますかこれ?

そんな風に見えたことない これ人か?

 

ともあれこのペースでいくとあと2,3ヶ月はFFだけしてると思うので(キャパ的にも)

一応あれ...こんなブログを足繁く覗いてくださってる方がいるっぽいのに更新しないの

なんか悪いな〜って思ったので近況報告と...あとついでに昔の記事を...

(というか初めて書いた記事はもう2年近く前になるんですね  光陰〜)

メモ帳で書き起こしてたのは半分くらい残ってたのでそれを再掲して...こう...

お茶を濁すって感じで...なはは...

>1回消したのまた載せるのダサくない?

知らん私はこういう戦い方をする(おっしゃる通りです...)

噂に名高い漆黒のヴィランズのストーリーが今から楽しみです

 

そんな感じで...

 

(9/10追記)

漆黒のヴィランズのメインストーリーを終えました

めちゃくちゃ面白かった 下記URLは感想です

fusetter.com

渡る世間に私だけ

もこ〜

もこもこのもこ (こんな挨拶でしたっけ)

 

突然ですが

天然な子に直接「○○って天然だよね〜」って言うの見ると(も、勿体ねぇ!)ってなる

他者評価と自己認識の...なんかこう...意識の...あれ...

「私優しいんですよ〜」って言われると何故か妙な感覚に陥るじゃないですか

だいたいそんな話です

 

高校のころ岡くん(仮名)って子がいたんですよね 陸上部の彼です(誰だよ)

目に見えるものしか信じない現実主義太郎みたいな男子だったんですけど、

まぁまぁ仲よかったんですよ(お互い性格が終わっていたのでウマが合った)

で、

リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』をリーディングで扱った日があって、

帰り道に岡くんと"人間が云う愛とか優しさはまやかしなのか"って話をした覚えがある

思えば私の思想や考え方の大部分は岡くんの影響を受けている気がする

彼は人の人格を否定するのが大好きだったので...(口癖が『は?終わってんなw』だった)

というか論理的に甘いところを指摘するのが上手だった

声が鬼低いし口調もクソ荒いので威圧感があるし、しかもいざとなれば

『は?wうっせ黙れ字ィ汚ねェんだよ!!!!』で論破してきた  最悪すぎる

まぁ高校生らしい下世話な話はもちろんのこと、時たまやけに観念的な話もしてた

「幸せの総体と相対」みたいな話もした気がする あんま覚えてないけど

で、

私は「愛はまぁあんじゃねーの、知らんけど...」って感じだったんですが

岡くんは「愛だ恋だと思ってるのは遺伝子が自分にとって都合の良い個体に対して

アプローチかけるため脳に抱かせてる錯覚」みたいなスタンスだったんですよね

(そのわりに岡くんは普通に彼女作ってたしめちゃくちゃアツアツだった は?)

で、

「トラックに轢かれそうな子を身を呈して助ける人は?」とか、

「外見や身分や人間性が不釣り合いなカップルは?」とか、

「ボランティア活動をする人々の動機の更に奥では〜」とか、

「親が子に持つ無償の愛は種の保存本能が〜」とか、

人間のあらゆる行動は結局「自分のため」であるみたいなことを話したんですよね

で、

話をしてる中で荀子だの孟子だの人間の本性とかそこら辺の話題になったんですが、

「人の見えないところで良いことをする」っていうことに関して思うところがあった

なんていうか自慢ではないし別に自慢にもならないんですが、

私は交番に財布を届けたりだとか、陳列棚から落ちてる商品を戻したりだとか、 

高齢者の方に席を譲ったりだとか、ポイ捨てされてるペットボトルや空き缶を拾って

近くのゴミ箱に入れたりだとか、そういうことをするタイプだったんですよね

でもそういうことをしてる時に、心のどこかで

(私が人の見えないところで良いことしてるのを誰かが見て私の評価が上がらないかな)

(良いことすれば将来良いこと起こるだろ 良い人生になるし天国とかもいけるだろ)

みたいな下心もあったっちゃあったんですよね  いやかなりあった

自分が優しい人間であると思いたいがためにそういう行動をとってた気がする

善意と下心の比率が...比率というより階層ですね

表面的には善意を装ってても自己満足が根っこにあった

で、

行動に見返りを求めてる自覚があったから岡くんに強く反論できなかったんですけど、

でも無償の愛とか神様とか天国とか、目に見えないものを信じたかったんですよね

結局その日の帰り道にどんな結論で落ち着いたか覚えてない 

お互い中指突き立てて別れた気がする たぶん気のせい

で、

遺伝子が利己的なのはわかったけど私は遺伝子じゃないんですよね(?)

いや遺伝子がそういう指示を脳に出して無意識に〜ってのはわかるんですが

細胞は私の一部で細胞の集合が私だけど私は細胞じゃないんですよね(...?)

ミトコンドリアとか一番根っこの無意識下のとこで自分本位なのかもしれないけど、

無意識下の私って私ではない気がするんですよね(???)

「われ思う、故にわれあり」だとかなんか言うじゃないですか

ハイドはジキルだけどジキルはハイドじゃないでしょ ジキルはハイドだけど...

バナー博士はハルクだけどハルクはハルクだしバナー博士はハルクでしょ(?)

それが私でも、意思を持つ主体である私こそ"私"であって私以外私じゃないんだよな(?)

まぁ私は行動に見返りを求めている自覚があるので普通に自己本位なんですが...

あの...絵って線や色の集合体だけど絵は絵であって...なんかこう...ほら...

絵はその絵を描く人がいるから出来上がって周りの人や画家自身の目に入るけど

その絵を見て何を思うかは人それぞれじゃないですか

絵に限らず音楽も映画も小説も詩も人間も...

なんかそんな感じ

 

結局はただ自分のための行動でも、

他の誰かに、どこかの何かに良い影響をもたらしてるならなんか...こう...

つまり何が言いてぇんだよ!??!(急に岡くんになるな)

 「自発的に誰かのために何かをできる」ならそれは優しさだと思う、気がする

本人の意図がどうであれ...

他者がその人に抱いた印象は結局その人の印象でしかないんですよね 良くも悪くも...

というか本人の意図なんて本人しか知らないし、ひょっとしたら本人も知らないし...

私と、私の中の私と、誰かの中の私と...なんていうかほら...あれ...

以前「他人がもつ自分に対する記憶こそが自分の同一性を保証してくれる」みたいな

こと書いた覚えがあるんですけど、今思うと自分のことなのに人任せ感があるな

自分のことはやっぱり自分で保ち続けないとですね

他人の目なんてどうでもええわって人はすごいと思う 揺るぎない自己の確立

 

なんの話でしたっけ めちゃくちゃとっ散らかってるな

岡の話だ(そうだっけ?)

岡、なんだかんだ良いやつだったんだよな

部活の練習とか驚くほどストイックだったらしいし...結果も出してたし...

口はめちゃくちゃ悪かったけど...いまごろ何してんのかな

なんか会いたくなってきたな  覚えてっかな私のこと

 

高校生の頃が懐かしすぎて思い出してると普通に泣いてしまう

青春、それは戻らない日々  色褪せない宝物...

 

なんだこれ

観た

アベンジャーズを観た

 

 

 

アベンジャーズを観た!!!(聞いたよ)

 

良かった〜〜〜〜〜!!完

完じゃないよ

 

エンドゲーム観るぞ!!!ってなって過去作を一通り(キャプテンマーベル以外)観て、

アイアンマン無印から10年間追い続けたファンと同じ感慨...には全然及ばないまでも

向こうがお出しする「最高」に対して、自分が出せる「最高」の状態で臨みてぇ...

最高には最高をぶつけんだよってテンションで観たんですが、

まぁ〜〜〜〜観てよかった

以下感想

 

 

 

なんだこのおっさん?!!?(サノス)

サノス、やべぇ〜〜〜〜〜

これを正気で言ってるのがやべぇ〜〜〜〜

一見「一理あるかもしれない気もする...?」けどよく考えたらおかしい主張を掲げて

関係ない者たちを選択の余地なく一方的に巻き込んで大義を果たした気になってるの、

迷惑すぎる...

定年後のんびり農業始めたおじいちゃんみたいになっててワロタ 笑ってる場合じゃねぇ

紫色の陰嚢みたいな皺したアゴやっぱおもろいな(身体的特徴を笑うな)

 

スコット!!!

私はスコットが好き watashi love  Scott

スコットのこう...親近感というか...

こう...等身大の...なんか...身近さというか...

気の良いおっさんで...やるときはやるスコットが好き...照れ

アントマン&ワスプの引きからこう...ほら...

偶然一人だけ難を逃れたスコットみたいな、最前線で戦うヒーローじゃないキャラが

逆転の糸口になる展開大好き

カギは量子世界に まさに小さな希望って感じですね 小さすぎる

 

なんだこのおっさん!??!(ハルク)

緑色の化け物が街に馴染んでてワロタ(おい!!!)

バナー博士あい変わらずジョークのセンスずれてるな

なんだこのおっさん!??!(ソー)

腹ァ!!!

ソーに救われたハルクが今度はソーを立ち上がらせるの、良いよね...良い...

 

あ!!!時間遡行!時間遡行大好き!!!(時間遡行大好きオタク)

時間泥棒って表現するの好き  スコット、そういえばコソ泥だったね

みんな映画の話してる〜ピーターみたい〜ピーター...

"過去が未来になる" ←なるほどな〜(?)

バナー博士頭良...好き...

バナー博士をハルクごと愛せないやつは三流(突然!?)

 

トニーがやり直す選択を決意したきっかけが

ピーターの写真なの良...

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!(巨大感情)

チームに分かれて別々の時代の別々の場所に行くの好き

ソーの母上、めっさ包容力あるわ自分の未来よりもソーのこと心配してて聖母ですよ...

ムジョルニア!!!!やっぱりソーといえばムジョルニア

ソー、立ち直ってくれてよかったよ...

母上ともう一度話せてよかったね...

腹ァ!

 

ソウルストーンだけ入手難易度おかしくない!??!

Soul for Soul forは対価や交換を意味するって英語の先生言ってましたね(知らんよ)

バートン!

ナターシャ!

バートン!

ナターシャ!

バー...ナターシャ!!!

ナ...バ...

...

おい〜〜〜〜〜〜!!!!!泣

命...

 

キャップVSキャップ(というか自分との戦い)、観たかったやつ〜〜〜

ロキ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!アホ

キャップがまたエレベーターで完全痴漢空間みたいなことになっててワロタ

ピム粒子〜〜〜過去に跳んでさらに過去に跳ぶの好き

ガラス越しにペギーを見つめるキャップ!!!!!(その目は哀しかった)

キャップの心境を思うと、キャップの心境を、キャップ...

トニーとスターク父の会話〜〜〜〜

ア...父の真意...

父親になったトニーがこう...お父さんとさぁ!?

あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!(発作)

抱擁

ジャ......ジャーヴィス!!!!(遺言)

 

大混戦〜〜〜アッセンブル

大混戦のわちゃわちゃした感じ好き 

今回ハルクガントレット起動時の反動で負傷したからか大人しいな 

ピーターかわいいね...

ピーターとまた会えて良かったね...

アントマン!!!!!!

デカいアントマンが出てくるシーン最高最高最高

キャプテンマーベル、強すぎて(こわ... )ってなった なんなんだ一体

ムジョルニア〜〜〜〜!!!キャップ!!!!

 

ドクターストレンジ、この展開を見たから石を渡したってことは

トニーがそうすること、そしてその後どうなるかも見たってことで...

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!(感情)

 

超人的な力や魔法とか卓越した身体能力なんてなくて、

ただ人並み外れた頭脳と普通の身体で、自らの意志で、最期まで

アイアンマンってヒーローを"身に纏って"戦い続けたトニーが、

最後の最後でトニーからアイアンマンっていうヒーローに"なった"ていうか...

なんか...こう...

トニー〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!泣

I am Iron Man...

アイアンマン3から不安や罪悪感に苛まれて寝られずにいたトニーがやっとぐっすり...

トニー!!!!おやすみ...

3000回愛してる

 

湖畔のベンチに佇む後ろ姿、ア゛!!!

「ヒーロー」キャプテン・アメリカじゃなくて

スティーブ・ロジャースとしての人生を生きることを選んだの、

あぁ〜〜〜〜〜〜〜

トニーとスティーブ、シリーズ通してずっと...ほら...

なんか...対比的なあれで...あの...

時間遡行をするしないもそうですが、ソウルストーンの試練しかり

トニーの最後の決断しかりヒーローって常に選択を迫られるんですよね

というより選択を迫られた時に自分を犠牲にする選択をとれる者がヒーローであって、

自分という個を捨て続ける存在でなんかこう...

ヒーローとしての個の獲得に伴い自分という個の喪失あるいは剥奪されるというか、

なんかこう...ほら...とにかく!!!!(強引)

トニー・スタークがアイアンマンになって、

キャプテン・アメリカスティーブ・ロジャースになって...

そんな二人の物語が安らぎの中で閉じるの、

めちゃ良かったな...

あ〜〜〜

 

 あぁ〜〜〜〜......

 

私はアイアンマンで行く 

 

To be or to be continued

こんにちは~もこです~

どもども(ここで田中マルクス闘莉王のモノマネ)

え?

 

まぁ~~~そんなこんなで2018年が終わりますね

ひと月前に「一ヶ月ありゃなんか...なんかできんだろ!」って意気込んでましたが、

特に何もしないまま一ヶ月が終了しようとしてます

意志薄弱~でもまぁ人間そう簡単には変われませんよね...へへ...(言い訳)

へへへ...

 

でも何事もなく時間を重ねるってけっこうすごいことだと思う!思います!!!

慣れない環境やら安定しない体調やら将来の不安やら何やらを人それぞれ抱えてる中で

寝て、起きて、食べて、働いてまた寝るのは大変 というかそもそも生きるのは超大変

人間何気なく生きてますが生きるのってすごい

生きてる人才能があると思いますよ(?)

 

で、

毎日生きるのはめちゃ大変で、つまり毎日大きく変わってるわけですね~(そうなの?)

変わりばえのない日常を過ごしてるようでも同じ日々がないように、

自分も自分の周囲も、時間とともに少しずつのようで大きく変わってるんですよね

あんまり気づかないものですけども...

変わらないもの、変わってしまったもの、変えられないもの、変えるべきもの...

年の瀬にその一年を振り返るとそういう変化に気づいたり気づかなかったりで、

来年はどうしたいかとか、これからの人生をどうしたいかとか考えたりする

何事もなく過ごせたらいいな...だとなんかフラグが建っちゃいそうなので

何事もなく過ごせるように、 自分が“今”すべきことをきちんとしていきたいと思います

なんの変哲もない毎日は私にとって変えたくないものなので

 

ただ来年はともかく5年後も自分がTwitterしてるの想像つかんな...って思ったけどまぁ

5年前もやってたし多分やってるでしょうね 人生そんなもん インターネットは人生

(でも少なくともブログは絶対やってないだろうなという確信はある)(意志が弱すぎる)

 

こんな適当な人間ですが、御縁が続くうちは変わらずお付き合い頂けると嬉しいです

改めまして一年間ありがとうございました

2019年もよろしくお願いします

 

...... 

 

いや平成終わるのめちゃくちゃ悲しいわ

隣町のイオン開設に伴い地元のジャスコが閉店する感じ

私の地元にジャスコありませんでしたが....

 

で、 

時の流れは速いものでこのブログもそろそろ開設から一年が経つんですが

初日はおっしゃ毎日更新するぞオラオラって思ってたのにこのざまです

飽きたとかじゃなくて書く内容がなかったり(あっても文章にするのが難しかったり)

(これTwitterで十分だな...)ってそのまま呟いておしまいみたいなパターンが多い

ブログ書くぞ!って意気込んで書くと毎回カロリー高めになって胃もたれしちゃうので

もっとこう...気軽に...軽食的な...ウィダーインゼリーとか朝マックみたいな感じの...

おつまみ感覚のブログにしていきたい 徐々に

本当にそんな気持ちがあるかといったらまぁないんですが...()

 

や~~~悲しいくらい継続力がないんですよね...

体調しかり環境しかりモチベーションしかり何かを維持するのは本当に難しい

何かを始めるよりも何かを続けることの方が難しいというのを実感しますね

でも裏を返せば尻込みせずどんどん新しいことに挑戦しよう!その後のことは知らん

って感じでもある(それでいいのか?人生...)

 

まぁそんな感じでこの一年間、わりと色々なことができた気もする

映画やアニメもそこそこ観れたし本や漫画もそこそこ読んだし親知らずも生やしたし...

自分がしたことや鑑賞した作品を書き連ねたらけっこう多くてやるじゃん...ってなった

今後も時間を見つけてブログとか続けていけたらなぁって思う

なんだかんだ楽しいですしね

 

ということで早いもので2018年も残すところあとひと月となりましたが、

一ヶ月あれば(気合いでなんとかできる範囲は)何でもできると思うので

来年から頑張ろうと思ってたことも積極的にしていければなと思います

思ってるだけ...

 

契闊

癖、ありますか?

巨乳が好きだとか眼鏡が好きだとか球体関節が目に入った瞬間勃起するだとか....

じゃなくて座ってるときに足を組むとか前髪をいじるとか指を鳴らすとかの方です

関係ない話ですが私全然指を鳴らさず生きてきたからか指がかなり細長いんですよね

自己紹介の長所の欄とか記入に困ったらとりあえず「指が長い」って書くくらい長い

ちなみにそうした場合短所は「指が長すぎる」って書くんですけど...(どうでもいいな)

(ついでに言うと爪半月がめちゃくちゃ大きくて恥ずかしい 爪の5分の1くらいある)

今見たら言うほど長すぎるわけでもなかったです  なかなかに長い指だなってくらい 

 

閑話休題

言葉の使用傾向とかも大きく括れば癖なんですかね 口癖って言いますねそういえば

よく使う言い回しとか語彙のレパートリーとか...

とりわけ副詞なんかは特に個人の感性が出る気がする

そこそこ、なかなか、わりと、まぁまぁ、とても、すごく、本当に...

普段は気に留まらないけれどそういう使用頻度とかからその人なりの等級?度合い?

や感情の振れ幅が計れるのはけっこう面白いなぁって思ったりする

まぁあんまり気にしたことはないので面白いかはわからないんですけど...

因みに私は"めちゃくちゃ"って言葉をめちゃくちゃ使いますね それはもうめちゃくちゃ

でもむちゃくちゃはそうでもないしくちゃの部分は微妙に微妙なんで単にめちゃが好きなだけっぽい いややっぱめちゃも言うほど好きでもないわ(なんなんだ...)

久本雅美より久本まちゃみの方が語感的に好き、みたいなあれ...あれですね(どれ?)

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これはマチュピチュ

で、

そんなこんなで無くて七癖っていうくらいですし思考含め誰でも何かしらの癖はあって

他人に言われて初めて気づいたり...いや癖って元来そういうものなんでしょうけど

私はその自分の癖を見抜かれる瞬間がけっこう好きだったりするんですよね

昔「○○って嘘をつくとき目を逸らすよね」って指摘されたことがあるんですけど

「えっそう?!」って返しながらも(そうなんだよ!!!)って内心かなり喜んでた

というのも嘘をつくときに意識的に視線を外してたのは罪悪感からというか

相手に嘘だってことをそれとなく示唆してた...のもあったけど

この子は私のことをどれくらい見てるのかな、って確かめようとしてたんですね

思えば随分失礼なことしてたなぁと思う 二重に...その節はごめんね

ともあれ自分でも気づかない(気づいていないであろうと思われるような)自分を

誰かが気づいてくれるっていうのは本当に嬉しいことで、

そういうのを口に出してくれる人は本当に大事な存在だと思う

性格の面でも技術の面でもマナーの面でも... ありがたいことです

良い所だけじゃなくて悪い所も含め率直な言葉はなんていうかこう...思い遣りを感じる

 

まぁそんな感じで相手のことって意識的に見ようとしないと見えてこないんですよね

そんなの当然か いや何の話だってなるんですけど

まなざしと自意識とか他者評価と自己評価とかの話になるんですが

こういう風に頭の中の考えを整理しようと思考を言葉にして言葉を文字にすることで

客観的に見つめてる自分を客観視する...的な...

自分を見つめ直し直す?的な...自分のまなざしを他人のまなざしに重ねる的な...

のを目指してたんですけど

読み返してて以前「良くも悪くも誤解されたくない」、みたいなこと書いてたけど

なんだかんだいって良く見られたいというのはあるなって気づいた

私も一応人間なので...

でもよく見られたいとよく見せたいはなんかこう...違うんですよね

私はありのままの時点で最高なのでそれは加味してくれって感じ 感じじゃない

なんていうか気にしてほしいけど気にしないでほしいみたいな...

承認欲求と非承認欲求の鬩ぎ合いみたいな...

敵の手に堕ちた自分の痴態を、助けに駆けつけた部下に目撃されて赤面しながら

「見ないでくれ...!」って口では言いつつも正直興奮する、みたいな...(これは絶対違う)

めちゃくちゃ面倒臭いですね...

誰かの何かでありたいと思うくせに誰かの何かになるのは気がひけるみたいな

いや自惚れんなよって言われたらはいすみませんで終わる程度の話なんですけど...

あの~あれ あれが理想なんですよね

同じマンションに住む名前は知らないけどすれ違ったら笑顔で挨拶しあう住人さん...

なんか違うな

小学1年生の頃の同級生の...久方ぶりに連絡網の名前見てようやく思い出すみたいな...

そんな感じの存在になりたい なりたいか?なりたい、たぶん...

個人的な人付き合いの理想形として、

遊びに誘ったら「行けたら行く(予定があるわけではない)」って返ってくるけど

6割がた来てくれる、みたいな感じの距離感がこう...こう...

忘れてほしくないっちゃないけどその3倍忘れてほしいみたいな...

なんていうかこう...毎日少しずつ忘れてほしい、みたいな感覚がある

いたことは覚えてるけどいたことしか覚えてないというか...

なんていうか...くっきりとぼやけていきたい()

マジで面倒くさいですね...

自分に自信があっても自分を確立してないとこうなる

そういうのも含め自分をもっと知らなきゃな~って感じですね

 

どうやって締めるんだこれ めちゃくちゃとっちらかってしまった

話が直ぐ脱線するのは私の悪い癖ですね

そんなところも愛くるしくないですか?そうでもないですね...

浅ましい...

とりあえず笑っとこ

なはは...

 

一曲歌います B'zで「BAD COMMUNICATION-(作詞:稲葉浩志、作曲:松本孝弘)-

“Crazy in my mind ときどき感じてる

Kissは交わしたけど 名前も知らない

Is it love? それとも...

I don't know, wow wow wow wow wow wow

 

いつでも Makin' love 君じゃなくても

真っ赤なバラの花びらで 直立不動 Nights

That's all それでいい

I say wow wow wow wow wow wow wow

 

欲しがってる どこかで 一瞬だけの 快感を

深入りしないで 続けられる Don't you think so?

 

Hey, hey, give me your body, no, no それだけでいい

ホンネ押し殺して 夜が明けるまで

Hey, hey ワカラナイ Any more 君のこと

イミシンな言葉で カクシンにせまらないで

Hey, hey, speak up, we need

Wow wow wow wow wow wow wow

Bad communication

 

去年の女のBad news TVで楽しんでる

そんな冷たい自由に やさしく飼いならされていたい

Is it free? is it happy?

I don't know, wow wow wow wow wow wow...

他人にリズム合わせて もっと利口に生きれば

血も流れない ウワベの順風満帆Days

It's alright, are you alright?

I don't know, wow wow wow wow wow wow

そう 逃げてる いつかそれを 失うのが怖くて

かけがえのないものを作ることから逃げ出してる

 

Hey, hey, give me your body, no, no それだけでいい

ホンネ押し殺して 夜が明けるまで

Hey, hey ワカラナイ Any more 君のこと

イミシンな言葉で カクシンにせまらないで

Hey, hey, give me your body, no, no それだけでいい

Kissで唇を Shut it up! 触れないで

Hey, hey ワカラナイ Any more 僕のこと

Wow wow wow wow wow wow wow

Bad communication

 

曖昧なウワサで 煙に巻かれそうだから

狂ったように抱き合える体が欲しいだけ

Gimme me your guitar(キ・ミ・は・ギ・タ・ー), yeah alright

We say wow wow wow wow wow wow wow

 

そう 逃げてる いつかそれを 失うのが怖くて

かけがえのないものを作ることから逃げ出してる

 

Hey, hey, give me your body, no, no それだけでいい

ホンネ押し殺して 夜が明けるまで

Hey, hey ワカラナイ Any more 君のこと

イミシンな言葉で カクシンにせまらないで

Hey, hey, give me your body, no, no それだけでいい

Kissで唇を Shut it up! 触れないで

Hey, hey ワカラナイ Any more 僕のこと

Wow wow wow wow wow wow wow...

Bad communication”

 

 

掘り起こせdignity

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なんだこれ!?

 

実はこれ5歳児の落書きではなくて私が中学生の頃に描いた絵なんですね

たしかジョン・レノンの『イマジン』のアルバムのジャケットを想像して描いたはず

美術の時間に...(評定は2でした照れ)

 

信じられないくらい下手ですね ...

というより信じたくないくらい下手だったんですよね 当時の私にとって

 

私は結構な自信家で、自分はなんでもできるし何にでもなれるって思ってたんですよね

中学生特有の全能感に包まれていたというか...

だから初めてとはいえ、「絵の才能がない」って実感を受け入れたくなかったんだけど

同級生全員に「○○、その、めちゃくちゃ絵心ないね...(マイルドな表現)

って言われて流石に認めざるを得なかったというか、幾ら初心者とはいえ

自分自身(いや、確かに小学生でももっと描けるだろ...)ってかなりショックを受けた

その傷はけっこう深くて、数年後行った適性検査で芸術家タイプが出た時は

(いや芸術家すら無理だろ IMAGINEだぞ...)ってなるくらいには引き摺ってた

ようするに絵を描くのも、絵を人に見せるのもトラウマになってたんですよね

 

録音した自分の声を初めて聞いた時、いつも聞いてるそれとは違って動揺する、

みたいなえ~と...なんか前も言ったような気がするあれなんですが、

理想の自分というか、いつも自分が心に抱いてる自分と 

実際の自分との乖離を受け入れるのってかなり苦しくて、

「他人と自分を比べて生きるのは息苦しい 」なんて話をよく聞くように

自分と自分を比べるのも中々つらいものがあるんですよね

というかその開いたギャップから自分が比較対象になってしまうことで、

自分が自分じゃなくなるのが苦しいって感じなのかな

まぁそんなこんなで自分の才能を確かめる機会に触れても、

できないことを知ってしまうことを恐れてたというか、

「できない自分」であることを受け入れられない弱さがあったんですよね

わからない状態にして少しでもイメージ通りの自分であろうとしてたんでしょうね...

で、

少しでもわからないままにしておこうと

新しい何かに挑戦することもやめていった、だいたいそんな感じ

自分をブラックボックスにして、くさいものに蓋をしたってとこですかね

(若干違くないか?)

 

でもやっぱり自分がどんな人間で、どんなことを考えてるのか確かめたくて、

少しでも探ろうと自己表出方法として文章を綴ったり絵を描くことを始めたんですが

上達したかっていうとまぁやっぱり自分が想像してた程には伸びなくて、

やっぱり才能がないなとは思ったけどそれほど悲しくはなくて

むしろ肩の荷が下りたというか、なんていうか爽やかな気分になった

自分から逃げたんじゃなくて、ちゃんと向き合った上で納得できたからだと思う

(ついでに絵のログです→ 絵 - 曖昧ともこもこの中間 )

 

なんかスッキリしました

できることをするんじゃなくて、やりたいことをするのが一番ですね

人生~~~~~~!!!

たのし~~~~~~!!!

    FINAL FANT

                         ASY

 

それに最初の最初に比べるとすっぽんが月に行くくらいの進歩はしたなとは思える

徳川家康が負け戦の自分の肖像画を戒めとして常に傍に置いたように、

私も部屋に飾ってます(戒めかは知らん どっちかというと魔除けだろこれ)

 

 ちなみに尊厳とは

"「尊く、厳かで、犯してはならないこと。」"

人間の尊厳は

"『自尊心によって支えられる、自分が生きてることを肯定できる自分

(又はその状態)"らしいです

尊くもないしむしろこれ毎日見てたら自尊心が損なわれる気がする

 

黄昏のレンガ道

「精神的に向上心のない者は馬鹿だ。」

夏目漱石の『こころ』の中でKが先生に、そして先生がKにそんな言葉を放っていた

ふたりの間を行き来したその言葉は、莫大なエネルギーを伴いKの中に沈殿していった

Kと先生のその後のこともあり、自分の中でやけに印象に残っている言葉のひとつだ

この言葉のことを考えるたび、言葉は呪いに似ている、なんて思ったりする

というよりそもそも呪いという言葉自体が祝詞と同じ語源で言霊信仰に由来するもので

...じゃなくて、とにかく言葉は良くも悪くも人の心を動かす推進力を持っている

 

高校生(甘美な響きだ) の真っ只中、確か一年生の時だったと思う

夏休みに入る前、国語教師から一人一冊『こころ』が配布された 

私は教室中に行き渡る文庫を見ながら、なんて太っ腹なんだとひどく感動した

当時の私が「一口ちょうだい」と言いはするが友達に言われたら断固拒否する、

絵に描いたような、もしくは絵に描いた餅さえも食べるようなケチだったせいもある

(サマーランドに行こうと誘っておいて、その駐車場で開催されるフリーマーケットが目当てだと知られた時はかなり引かれた 嘘はついていないのに...)

ともあれその教師は、自腹を切ってまで我々生徒にその物語を指定教科書の抜粋された

本文だけじゃなくて一冊丸々読んでほしいと思ったのだろう

また、彼にそう思わせるほどの魅力が、少なくとも彼にとってはあるのだろうと思い

本嫌いだった身にしては珍しく、電車に揺られる間だけではあるがしっかり読んだ

(今考えると流石に自費ってことはないだろうと思う)

内容に関しては小難しくて、誰に感情移入すればいいかもわからず

ただひたすら(ずいぶん長い遺書だな...)と思いながら読んでいた気がする

面白いか面白くないかで言えばよくわからなかった なんかそんな感じ

ただその中の一節が、以来10年ある時は奮励として、またある時は自戒...

あるいは呪言のように頭の中だか胸の奥だか知らない場所で谺してきた

 

「精神的に、向上心のない者は、馬鹿だ。」

 

100年前の文章のひとつの言葉に、ある時には背中を押され、ある時には

足首を握られ水中に引き摺り込まれるような思いをさせられてきた

一人の人間の記した文章が、本を介して時代を超えて数え切れない人へと伝播し、

本あるいはその中のたった十数文字の言葉がそれを目にした人の一生に影響を与える 

・・・時もある

大げさな言い方だけど、程度はどうあれ歴史はその繰り返しだと思うし、

きっと夏目漱石自身もそうだったのだろう

言葉の力を感じる 脈々と続く...なんかあれ...

スケールが大きくなってしまった

まぁそんな感じで向上心な~持たなあかんよな~って思いつつも

自分は上昇志向が強いタイプというわけではなく寧ろまったくもってその逆なので、

罪悪感にも似た焦燥感に駆られながらも現状維持に甘んじていたけど

やっぱりどうしてもあの言葉が胸につっかえていた

というかいつもこんな口調(文体)でしたっけ私?なんか...固いですね...

 

で、 

少し前まで私はぼんやりとバーチャルYoutuberになりたいななんて考えてたんですが、

突き詰めるとバーチャルYoutuberとして活動することに憧れてたというよりも、

彼らのように自己実現に向かって日々研鑽する姿勢というか...まっすぐ

自分や自分の言葉を誰かに伝えようと努力する心意気に憧れてたんですね 多分

どっちかというとバーチャルYoutuberになろうとしてる人になりたい、って感じですね

うお私はバーチャルyoutuberになりたいわけじゃなかったんだなって気づいたわ今

私はわりと自分を肯定してくれる他人を経由して自分を肯定するタイプで、

バーチャルYoutuberとして活動したいっていうのも、楽しそうだからとかじゃなくて

どれくらい不特定多数の人が仮初めながらどこまでも素な自分を好きになってくれるか

自分の価値を試そうとしてしまったんじゃないかな~って思う

そういう自分本位な考えじゃなくて、なんかこう...世の中にハッピーを届けたいとか...

そういう目的で始めたいし、何よりもまず自分の心から逃げ続けてないで

自分をちゃんと好きになってから自分を創るべきだな~なんて思ったり

とにかく他人とか関係なく自分で自分を肯定できるような自分になれた時、

そうなれるように自分の心と向き合おうと一歩踏み出せるようになれたら、その時

やっと「精神的に向上心のない馬鹿」から脱却できる気がする

「天才とは無限の肯定」って言いますしね 

うお~天才天才私は天才だし地理も5

 

境界

自我、ありますか?

ありますよね...私もあり...あり...

ありますよね...

 

で、

結論から言うと私は自分のことがめちゃくちゃ好きなんですよね 

めちゃくちゃに好き優勝すぎる...

好きすぎて誰かに好きとか言われてもいや私の方が私のこと好きだわボケがよってなる

(冗談です なりません)

ただ実際他人の思考も感情も、想像をすることはできても理解することはできなくて...

そもそも何を言われても相手が内心どう思ってるかなんて分かりっこないんですけど...

腹に一物、股にも一物って感じですね

 

で、

他人の内面的な部分なんてわからなくて当然だけど

それと同じくらい自身の内面もわからないものだと思う

人に指摘されて初めて気づく長所とか短所とか、

むしろ近すぎるあまり自分のことの方がわからなかったり...

湖畔でひとり水面に映る自分をじっと見つめている時、ふと手を伸ばして

水面にふれた途端像はゆらゆら揺れてぼやけていく、だいたいそんな感じです

 

で、

自分について考えてるうちに気づいたんですが

どうやら私は私のことがそんなに好きじゃないっぽい

というのも、もし突然記憶を失って誰が書いたか知らない状態で自分の文章を読んだら

なんだこいつ...近寄らんとこ...ってなると思う

( ^ω^)・・・

(↑なんだこいつ・・・の予測変換で出てきた顔文字です ほんとになんだこいつ)

完全に私のことを知らない他人になって、フラットかつニュートラルな目で

自分の性格、容姿、声その他諸々の私を構成する要素を好きになれるかって考えたら

他にずっと理想的な存在がいる中で果たして私のことをどれほど好きになれるのか?

って感じですね そこまでの自信をもてない、自身に...自信を...

 

で、

そうやって自分を内からじゃなく外から見ようと色々してる内に、

「自分の言葉」は「自分」とはちょっと違うなって思った

言葉の責任の在り処みたいな話じゃなくて、

自分の思考を言葉という形をとって外に出すことで自分の手を離れ、

自他の分離が起きるというか...

言葉だけじゃなくて頭の中の表象を音楽とか絵として結像する「作品」もそうですね

創作による分化の話になるんですが、めちゃくちゃ心に残ってたドラマがあって、

といっても初めにそのドラマを観始めたのはもう一年くらい前なんですけど、

最終回を観終わってからかれこれ昨日までずっとそのドラマの登場人物のこと考えてた

で、昨日その子の絵を描いて、描き終わって、見た瞬間憑き物が落ちたというか、

自分の心の中の登場人物がスーッって成仏していったみたいな感覚になったんですよね

おそらく私は登場人物に感情移入しすぎていて、自分と限りなく重ねてしまっており、

それを絵を描いて外に出すことでようやく切り離したんだと思います

最近になって気づいたんですが私は共感能力が欠如してるというよりむしろその逆で、

めちゃくちゃ感情移入してしまう上に想像(妄想)でブーストをかけてる...んだと思う

 

他者と自分の境界が曖昧というか、他者を仮借して自分を構築してるフシがある

よく「自分の殻に閉じこもる」って表現があると思うんですが、

「自分という殻に誰かを閉じ込める」ことを無意識にしてしまってる気がする

自分の感情を揺さぶる他者を見つけては私という殻で世界から分離させ、

心の中で自分と他者を共存させる、あるいは私という殻に対し中身は他者だけ的な...

たぶんですが、卵の中身が空っぽであることを恐れるあまり

自分の内側に他者を求めすぎてしまっているのかもしれない

自分を肯定・否定・受容するために"自分"自分じゃない自分アウフヘーベン...

 

 

鏡には自分が映しているものが実体か虚像かなんて知る由も無いように、

アイデンティティを探し続けてその所在を問い続けても

世界は不明瞭で、自分の存在は曖昧で、答えは模糊で心はもこもこ...

ボーダーラインの真上で宙ぶらりん...曖昧ともこもこの中間ですね

熱いタイトル回収

(全然関係ないけど最終話の副題が作品名や主人公の名前な作品めちゃくちゃ好き)

 

で、 

とにかくいっぱい文章を書いて、いっぱい絵を描いて、いつか曲とかも作って、

なんていうかそういう風に私の中のをすべて外に出し切ったら

そのときやっとの姿を見られるんじゃないかな、なんて思った

結局言葉じゃ伝えきれないものは言葉以外で伝えるしかないってとこですかね

そういう意味では人間って芸術なのかもしれませんね...

 

 

関係ない話ですがブログとか創作物を含めると今回でちょうど5万字くらいになって、

原稿用紙換算すると125枚分くらいなんだなぁって考えるとちょっぴり達成感がある

読書感想文を課された時に一枚も埋められなかった昔を思うと感慨深い...

いや一つの記事で数万字書いてる人とかゴロゴロいるんですけどね...すごすぎる

(⚪︎ホの感想レビューで原稿用紙200枚書く人とかもいた気がする  すごすぎる)

要旨をきちんと伝えるために筋道を立て、論理で舗装して知識で塗装してるみたいな...

読みやすいし勉強になるし何より面白い、教養...

 

そういう方々と比べるまでもなくうねった文ですが、

(というかとっ散らかりすぎて意味わかんないですね...)

今回私なりに自分って話題について書けた気がする

これがほんとの自分語り...なんちて

 

・・・

 

(^ω^)

忘却の彼方

『人は忘れるから生きていられる。

   苦しいことや悲しいことを全部覚えてたんじゃ、つらくて仕方ない。』

昔遊んでたゲームにそんな台詞があったなぁと時々思い出す

恋人に関する記憶をその恋人の手で消された男性が、ある時ふと涙を流し、

大切な何かを忘れていることを思い出すも、それが何かは思い出せず、

それでも涙は流れ続けて...そんな姿を見た友人が彼を慰めるためにかけた言葉だった

 

記憶と人間についてあーだこーた書こうと思ったけど、

以前にもそんな内容の文を書いていたことを思い出した。書いたことを忘れていた。

"他人がもつ自分に対する記憶こそが自分の同一性を保証してくれる"的な...

言いたいことはわかるけど、何言ってるかわからんな...って感じだった (いつものこと)

過去の私は私だけど過去の私は今の私じゃないので当然そういうことも起きたりする

10年前の自分がどんなことを考えてたのかなんて、ひょっとしたら

10年後の自分がどんなことを考えてるかよりも解らない

マリオのステージってこれから先は見えるけど通った道は見えなくなるじゃないですか

なんかあんな感じ(関係ないけど私はスーファミのマリオ全クリしてます 最強なので)

 

記憶は過去の保存というよりも、むしろ断絶に近いんじゃないかと思う時がある

もう沈む夕日を見ても涙は出ないし、飛行機雲を見ても綺麗だなとしか思わないのは、

すっかり感性が錆びついてしまったからだろうけど、それは大人になったからという

わけじゃなくて、それも間違いじゃないけど、記憶が感情を遠ざけてるからな気がする

初めてケーキを食べた時の幸福感が2回目3回目と重ねるうちに薄れていくように、

小説や漫画の展開とかオリンピックの試合の行方とか、

そういった感動は記憶に邪魔されて二度味わっても二度と味わえない

 

忘れようと思って忘れられたことは一度もないのに、

忘れたくないと思ったものはほとんど忘れてしまった

初めて聴いたオルゴールのメロディも、初めて劇場で観た映画の名前も、

今まで目にした中で最も美しい一節も、最も美しい景色も、すっかりぼやけてる

もしかすると、振り返った時に美化も風化もしないよう、過去の私が

それに触れた時の思い出と共に、記憶の外に閉じ込めてくれたのだろうか

 

10年前のあの時何を見てたのか、何を思ってたのか、思い出す気も起きないけれど、

きっと思い出そうとした瞬間、想像が加わって変容してしまう気がする

想起することは心象の再生であり、ある意味では完全なる破壊なのかもしれない

 

破壊による再生、否定による受容、矛盾による昇華...喪失による獲得...

表裏一体...二律背反...朝三暮四()...五臓六腑()...七転八倒()...九十九里浜(???)...

失敗や後悔とか、苦い記憶は中々忘れられずに私たちの足を止めてしまうけど、

だからこそいつまでもきちんと向き合えて、成長する機会を与えてくれる... 

記憶は枷であり、翼なのかもしれませんね...

(ω)

 

忘れてください

 

カーボンコピー

すっかり春ですね~

恋をしてみませんか?って感じですね(伝わるのかなこれ)

部屋の空気を入れ替えようと窓を開けてたら虫が入ってきました 春は最悪

夏は暑いし冬は寒いし春も春で何かと忙しくてなんか心の余裕がなくなる

頻繁に体調崩したり気分がどんよりしたり、そういうのはだいたい春な気がする

秋が一番ですね

 

窓を開けてて思い出したんですけど、電車の窓って決して開くことがないというか、

外の世界を確認できるのにかえって外との隔絶を感じさせる...

なんか不思議な存在だなってなった

乗り物酔いするタイプだしパーソナルスペースも広いので電車に乗るのは

苦手なんですけど、電車の座席から窓の外を眺める時間は割と好きなんですよね

朝に都市近郊のそこまで建物が密集してない街並みを高い位置から見下ろしたり、

雪原や夕焼けに染まる海を見てるとカメラのファインダー越しに世界を覗くような、

でもちょっと違うような...なんていうか感傷的になる

 

田舎から電車通学してた頃、部活が終わって電車に乗る頃にはだいたい真っ暗で、

ボックスシート(対面になってる4人掛けの座席)で一緒に話してた友達も降りて

一人で座って窓の外を眺めてたんですけど、ものすごく世界が静かなんですよね

物理的な音の話じゃなくて...いや実際車内はかなり静かなんですけど、

見渡す限りずっと田んぼと畑、遠くに星と家屋の明かりが見えて、それで終わり

みたいな...

なんか...夜って感じ(そりゃ夜だからな)

最寄りの数駅くらい前からはドアの前に立って窓ガラス越しに外を眺めてて、

(電車の本数が少ないので座ったまま最寄り駅を寝過ごすと大変なことになる)

(駅舎がないので寒いし暗い,駅と駅の間隔が広すぎるので歩いて帰るのも大変)

外の景色を眺めてるというか、ガラスに映った自分を眺めてるというか...

ガラスに映った自分と目を合わせながら流れていく景色を見る、静かな時間だった

 

となりのトトロ』でネコバスに乗って夜空を駆けるシーンとか、

千と千尋の神隠し』で海の上をカオナシと電車に揺られるシーンみたいな、

落ち着かないけど落ち着くような...夜の空いた電車の中は不思議な空間なんですよね

降りた無人の駅のホームは静けさの答え合わせをするみたいにやっぱり静かで、

電灯に集まる蛾を見てやっとカエルの鳴き声が響いてることに気づく、そんな感じです

 

朝も朝でホームはガラガラで、冬なんか特に空は暗くて息は白くて静かで、

乗ってからも車体が出す「ガタンゴトン」って音のせいでかえって静かで...

30分くらい揺られてると人もけっこう乗ってきて車内が混み始めて

外も明るくなっててそこでやっと「あっ朝だな」って感じになるんですよね

くもりの日とか雨の日とかめちゃくちゃ良いんですよ

あぁ~って気分になる

全然伝わりませんね

えっと...小学校1年生の雨の日下駄箱で靴を上履きに履き替える時の気分になる

いや絶対伝わらないこれ

みなみけのアニメの雨のシーン的な...(ありましたっけ?)

梅雨、アジサイ6月、じめじめ、結露、ランドセル、黄色い学帽...ラムネ?

YUIさんの『CHE.R.RY』を世界全体で演奏してるみたいな...

長靴、カタツムリ、傘、水たまり、体育着、廊下...鍵盤ハーモニカのにおい?

ダウナーセピア色じゃなくてあらゆるものが灰色で...でもモノクロで...

意味不明ですね

 

こういう時絵とか音楽で表現したくなるし、表現できるようになりたいなって思う

思い出とか感情は自分だけのものだし、大事に閉まっておきたいけど

感動は誰かに伝えたいというか、私の中だけに閉じ込めておくには綺麗すぎる

私しか味わえなかった経験や感動を、私にしか表現できない言葉や方法で表して、

風化も美化もされた世界を伝えたい 追体験ってやつですかね

味付けされた美味い餌を食べて育った牛は美味い、的な

世界はめちゃくちゃ美しいんですけど、いつもたったひとつの完全な美しさで、

でもその時々の気分や感受性でフィルターがかったその人だけの世界は無限にあって、

写真や詩とか、歌とか...その人なりの方法でその世界は表現されてて...

いつか私もそういう風に世界を表現できるようになりたい

 

窓の話からだいぶ脱線しちゃいましたけど(電車だけに)

人は世界を映す窓、みたいな感じでひとつ...

 

ふわふわな文になってしまった   

 

現実

夢、ありますか?

ありますよね...私もありました

今となってはどんな夢だったかも覚えてませんが、

覚えてないっていうことはまぁその程度の夢だったってことかな、と思ったりもする

純粋な願いだったりむき出しの欲望だったり、

童心の憧れと思春期の迷いの混合物だったり...

とにかく色んな夢を見てて、色んな可能性と未来があったんだと思う

無限、とはいかないまでも無数の選択肢があったはずなのに

それこそ環境や機会や才能だとか色々なことを言い訳にして、

色とりどりのクレヨンと真っ白なキャンパスを押し入れにしまっちゃったんでしょうね

選ばないことを選んだ、って感じですかね...

 

本題なんですが、今朝めちゃくちゃすけべな夢を見た

えっちすぎて起床即「えっちすぎる!!!!」って叫んでしまった(多分叫んではない)

 

以下夢の内容

 

若い男女がいたんですよ(クールポコ)

男の子の方は短髪で...見るからに前も後ろも童⚪︎という感じ(21歳くらいだった)

女の子の方は金髪で...日本語がたどたどしかったからおそらく外国の子だと思う

(エクスカ○バーって叫びそうな感じだった)

で、

スーパーで夕飯の材料を買ったあと、

お互いレジ袋片手にしばらく閑静な住宅街を歩いてたんですよね

無言で...

そのあと川沿いを歩いてたんですけどやっぱり無言で、カラスの鳴き声だけが響いてた

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(
こんな感じ  ちなみにこれはこの夏行った京都の鴨川です 楽しかった)

 

で、そのあとなんですけど

夕暮れの歩道橋でその~...手を繋ごうとしてたんですよね、男の子の方が...

こうふわっと...恋人繋ぎみたいなのをしようとしてたんですね

でも全然絡めてなくて、彼女の人差し指と中指の間に2本も3本も入れちゃってた

お互い前を向いて歩いたまま、11本ゆっくり入れ直して...

ふたりの顔は沈む夕陽よりも赤かった...

 

「おいおい街中でセッ○スすんなや!!!」みたいなこと叫ぼうとしたら起きた

 

起きて少ししたあと、

 

(私はああいう夢を当事者の視点で見れなくなったのか...)

ってなった

 

虚しい

 

夜にしか咲かない花

ブログ書こ~ってなった後、なんか冗長な文になっちゃったなぁって削ってたら

200字とか300字とかになっちゃってこれTwitterでいいじゃん!ってなって

そのまま投下すると「(うわまたあいついきなりポエム垂れ流してるよ...)

ってなって消して終わりみたいなことがよくある(自意識過剰すぎる)

 

例えばこれ↓

って埋め込もうとしたら鍵アカウントのツイートは貼れなかったので書き直します

 

打ち上げ花火が消えた後の夜が好き

暗闇も沈黙もずっとそこにあったはずなのに、それまでと違う雰囲気を纏っているのは

きっと私の脳裏に鮮やかに焼き付いている花火の色や音がもうどこにもないからで、

そういう喪失感や虚しさが夜を彩ってるからだと思う

その意味では花火は咲いた瞬間より散った後の方が強く存在感を放つのかもしれない

これは花火だけじゃなくて桜だったりサボテンの花とか本物の花にも言えることで、

花が咲くのは自分の命を次へ残すためであって、そのひたむきさが美しくて 

だからこそ儚く散りゆくその姿が胸を打つんだと思う

命をもたない打ち上げ花火に命の輝きを感じるのは、おそらくその形が花を模していることと、「火」という性質がそうさせているのかもしれない

 

という風に私は花火が大好きなんですが(好きなのが花火なのか夜なのかはさておき)

中でも線香花火が一番好き もっと言えばまるで線香花火のような、

静寂と寂寞の中で儚くも暖かく灯る光が感じられるお話が好き

たぶん小さい頃によく親が呼んでくれた絵本が『マッチ売りの少女』だったことが関係しているのかもしれない

 

少し話はそれるんですが、絵本やおとぎ話ってこどもが触れる最初の作り話であって、

多くの人の原風景というか、この世の多くのお話の源流というか、

あらゆる作品が多かれ少なかれ知らずのうちに影響を受けてるというか、

いろんな考え方の根底にあるんじゃないかなぁなんて思ってたりする

 

閑話休題

私はマッチ売りの少女の童話が大好きで、といっても

マッチ売りの少女の一生は悲惨なものでしかないんですけど、凍える寒さの中で

暖かい火にあたりもう二度と会えないはずの大好きだったおばあちゃんに

優しく包まれ天国に行くあの終わり方はこの上ないハッピーエンドだと思うんですよね

迎えに来たおばあちゃんさえも幻だったかは知る由もないし、それでも良いと思えるほど綺麗なお話だと思う

フランダースの犬やマッチ売りの少女みたいな、どうしようもなく悲惨で不運な人生だったけど最後の最後にほんのわずかな淡い幸せに包まれて終わる物語が好き

 

で、 

マッチ売りの少女の他にも『あらしのよるに』っていう絵本も好きなんですよね

狼とヤギがひょんなことから仲良くなる話なんですけど、

それぞれ自分の好物であるヤギと、天敵である狼と過ごすことの葛藤の中

狼の群れからもヤギの群れからも追放されてしまうって話ですね(うろ覚え)

 二匹は逃避行の果てに雪山にたどり着き、追っ手が迫る中激しい吹雪にさらされ

 寒さと疲労で動けなくなったヤギは飢える狼に自分を喰らうように言う

 狼はその言葉を承諾し、せめて苦しまないように君が寝てる間に食べると告げ、

 ヤギを寝かしつけた後雄叫びを上げ追っ手の群れに飛び込んでいく

 ヤギが目を覚ました時吹雪は止んでおり、春が訪れ晴天のもと雪は溶け、

 あたりには草木も見えて喜びながら狼の名を呼ぶも返事はいつまでも届かなかった...

この話で一度完結したんですけど、数年後ハッピーエンドの特別編が出たんですよね

再開した狼は記憶を失っており、ヤギを食べようとしてしまう、が...

って感じのお話で絵本はめでたしめでたしで終わるんですけど、

小説版はハッピーエンドの後に絵本にはない続きがあるんですよね

二匹が再開した後まもなく、月を見上げながら寄り添う二匹の命は閉じて、

動かなくなったふたつの影はひとつになって終わる、そんなお話です

 

で、

この小説版『あらしのよるに』と似た系統に

ドラマ『仮面ライダーアマゾンズseason2』と漫画『少女終末旅行』があると感じてる

どれもふたりの終わりの話であって、終わりへ向かうふたりの話であって、終わりの中のふたりの話であるというか...

どことなくだけど線香花火のシークエンスが生む叙情と近いものがある、気がする

やがて消えるとわかっていて火をつけるやるせなさ、

いずれ消える火を見つめている時の寂しさと消える瞬間の儚さ...

あぁ、やっぱり消えちゃったって空虚さを感じる一方で、ある種充足感のような

心に満たされていく何かを感じるんですよね

その何かは上で挙げた作品にもあって、きっと幼い私がマッチ売りの少女を読んだ時にぼんやりと感じていた何かだと思う

 

生が死に繋がる摂理の中で死が生を内包するときに生まれる美しさが確かにあって、

その輝きは泣きたくなるほど哀しくて、涙が出るほど愛おしいものだと感じる

たぶん死という概念を知って初めて私は自分が生きていたことに気づいて、きっと

その瞬間に蝋燭の周りの暗闇が深いほど揺れる炎が美しくなることを知ってしまった

でも本当に美しいのはどこまでも済んだ暗闇で、蝋燭の炎が美しく見えたのは

自分の体を激しく燃やしてまで輝こうとするその光が 

吸い込まれてしまうような黒色を私にまじまじと見せてくれるからなのかもしれない

炎が燃える時、人間が生きるために必要な酸素を燃焼させその勢いを増そうとするのは

なんだかまさに命を燃やしてるって感じがしませんか?...そうでもないか...

 

結局殆ど過去のツイートの焼きましで終わっちゃいましたが、疎らなつぶやきも

こうしてちゃんと文章にすると自分の思考や感情の理由を整理できて良いですね

 

打ち上げ花火は花と火のふたつの美しさと寂しさを閉じ込めて、

夜空に高く伸び上がりまるで蕾が開くようにそれを世界に咲き散らしてくれる

花も火も花火も、それ自体が美しければ美しいほど世界の美しさを際立たせ、

それがなくなることで世界の美しさを教えてくれる

 

世界が美しいからこそ花火も花も火も美しくあり続けるんだと思った

 

 

侘び寂び

 

心象と心証

心象、ありますか?

ありますよね...私もけっこうあります

風景だったり音楽だったり...

自分が抱く自分自身のイメージもそうですね

 

で、

自分の中の自分の印象と、他人が自分に抱く印象は当然ながらだいぶ違ったりする

私が上品で清楚でおしとやかだということは皆さまご存知の通りでしょうが...

...ご存知でしょうが...

さておき特にインターネットでは言葉がその人の像の大部分を形成してる...気がする

そんなこんなで口調にしろ発言にしろ、自分のイメージにそぐわないというか、

なんか今の私っぽくないな、言わなければよかったかなぁ、という場面が多々ある

私は私が大好きなので自分の印象が悪くなるのを怯えてる...のもちょっとありますが

悪い方向にせよ良い方向にせよ自分を誤解されることを何よりも恐れてる

結局私は他者の評価の中でしか自分の存在を確かめられないから、

そこに乖離が生じる(かもしれなくなる)とどうしようもなく不安になるんでしょうね

 

で、

自分に対する心証を損ねないためだとか、相手に対する心証と関係性とかの理由で

言わずに飲み込んだけど言っておけばよかったなぁって言葉もけっこうある

恨み言や捨て台詞だったり、謝罪の言葉や感謝の言葉、或いは別れの言葉だったり...

そんな行き場をなくした言葉と思いが今も胸の中で残って蠢いてる

グラス一杯に溢れるほどにワインが満ちているのに、飲みもせず捨てもせず

上から蓋をして放置しているとふとした衝撃で零れてしまう

年末の大掃除の際、汚れたカーペットや絨毯の染みを見てそんなことが頭をよぎった

 

言葉はまさしくナイフのようで、物事を詳らかに切り分け意思の伝達を助けてくれるけど、一方でその鋭さのあまりどこまでも人に突き刺さっていく

昔会話の中で使えるフレーズを身につけようと聖書を読もうとした時があって、

まぁ10分もしないで諦めたんですけど...頭に残ってる一節があるので引用します

(ここでいう言葉の意味とはちょっと違いますが

 

初めに言葉があった。

言葉は神と共にあった。

・・・

万物は言葉によって成った。

成ったもので言葉によらず成ったものはひとつもなかった。

言葉のうちに命があった。

命は人間を照らす光であった。

光は暗闇の中で輝いている。

(ヨハネ福音書 』より)

 

 

ミカエルとかラファエルとかの「エル」は神を指す言葉らしいんですが、

それを踏まえるとworldの中にwordlが含まれてるのはなんだか面白いですよね

ちなみに私は小文字のエルと大文字のアイの区別がつかないので

世界には言葉と愛しかない、みたいなダジャレを考えては口ずさんでる

どちらも形而上のものだけれど、

世界のあらゆる事象を表現するのが言葉なら、

愛は世界でただ一つ言葉で表現できないものだと思う

何かを大切に思う気持ち...損得勘定の内側にあるようで、その一歩先にあったり...

心の中でも最も複雑で、最も難解で、最も単純な領域...みたいな感じ

 

ありふれた人生を歩んできたつもりだけど、ありとあらゆる場面で

言葉で傷つけて、言葉に傷ついて、愛を裏切って、愛に裏切られて、

それでも言葉に救われて愛に縋って生きてきた

だからきっとこれからも言葉を信じて、愛を信じて生きていくんだと思う

 

今年は私の人生の大きな節目というか、かけがえのない経験を幾つも積んだ年だった

だから知り合った人、お世話になった人に本当に感謝してます

長くなりましたが伝えたい言葉はそれだけです

心の中も大掃除して、スッキリした気持ちで新しい年を迎えたかった

 

改めて一年間ありがとうございました 

それでは良いお年を

 

Message

知性、ありますか?

(煽ってる訳ではなく導入です)

ありますよね...私もあり...あり...

ありますよね...?多分あります ペニス~(ないやんけ)

 

で、

目下己の知性の限界を感じていたりする

というのも、最近あるアニメにおける声優さんの演技に言及したブログを読んで、

同じ作品を観て、内容を読む限りまさしく同じ印象を受けてるのに、

表現力だとかそういうのがとすっぽんほどあって

自分だったらこれほど精確にこのシーンこの演技この物語の良さを説明できないだろうな、すごい...となった

 

私もこんな風に何かの魅力を伝えたいと思いつつも、どうしても

××な表現や馬並みな言い回し...じゃなかった

陳腐な表現や並みな言い回しになってしまう

深縹色や瑠璃色を青色としか言えないみたいな感じです

何百何千の僅かに異なる色のひとつひとつに名前をつけるよう言葉を紡ぐこと、

思考を言葉にして過不足なく伝達することに憧れる一方で、

自分はそうはなれない、なんて風にpenis stick...じゃないpessimisticになったりもする

かといって完全に知性を捨て去って、

四六時中ペニスペニス連呼するのも抵抗がある ペニス~(ないやんけ)

ブルーになってるのにその青色を形容する言葉さえ見つからない

空の青にも海のあをにも染まずただよふって感じですね...

 

どうしても伝えたい機微が自分の言葉じゃどうしても伝えきれなくて、

それがどうしようもなく哀しくなる

 

言葉じゃなく心で通じ合えればいいのに...

照れ...

これもうやりましたね

バーチャルYOutuber輝○月ちゃんは神

それだけ伝えたかった

 

メメントメモリー

おはようもこ~

元気してたもこ?

もこなんて快眠快調快便、今朝なんて質量保存の法則を軽く無視したサイズのうん⚪︎が出たもこよ~(これは嘘、最近夜は眠れないし全身の関節は外れてるし便秘も続いてる)

 

やり直しますね

 

記憶、ありますか?

ありますよね...私もけっこうあります

といっても自分の記憶なんて寝てる間にインストールされたもので、

思い出も家族も友人も故郷も全部偽りのものなのかも...かもかも?

 

冒頭の例みたいに、「忘れたい記憶」は「忘れてほしい記憶」の場合が多い気がする

多分自分の過去と誰かの記憶が不可別のものであるからなのかもしれない

飲み会とか同窓会の席で自分が知らない・忘れていた自分の過去を他人から聞くと途端に世界の輪郭が不明瞭になる

一方でその話に身に覚えがあったら「あぁそんなこともあったなぁ言ったなぁ」って

覚えててくれたことを本当に嬉しく思う

というのも、人間の主体は記憶によって保持される継続性に宿って、且つその

継続性を保持する記憶は主体のものではなく客体のものなのかもなぁと思ってたりする

時間の経過を超えて持続する本質によって同一性が保証されるんじゃなくて、

対象の不変性を信じる外部の観測者の存在が自分を自分たらしめる...的な...(適当)

他人の記憶によって自分がつくられるって感じですね(適当)

外部記憶デバイスこそが本体で...(適当)

あなたの中の私が私...(適当)

 

広げて

知らないことは存在してないことみたいな話をしていこうと思ったけど眠いのでやめます

人が死ぬのは人に忘れられた時ってDr.ヒルルクも言ってましたね

お墓をつくるのも鎮魂とその人をいつまでも覚えているため、というのもありますし

写真だとか日記だとか作品とか、どこかに自分がいた証を残して、

それを通して自分を思い出してくれる人がいる限り人は生きていけるのかもしれませんね

そういった意味ではここが私の墓標とも言える

Remember 生きてたこと...

忘れないでどんな時も きっとそばにいるから...

記憶の中で ずっとふたりは 生きてゆける...

 

 

今夜、あなたのメモリーに私を焼きつけて...

 

 

忘れてください